MY-DISC-OVERY

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ホット クラブ オブ ジャパン 会報

HOTCLUB BULLETIN 1948年10月 No.5


 から池上 悌三氏の記事を紹介します。


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 ディズィ・ガレスピーと共に、或はそれ以上にビボップに影響を与えたのはアルトサックスのチャーリー・パーカーである.1946年にエスカイヤのニュースターに選ぱれ、47年のメトロノームの投票では三位に躍進、本年は遂にアルトサックスの第一位となった.1920年8月29日カンザス市生まれの黒人でハイスクールへ3年通ったが一年生で終わった。学校のバンドでバリトンホーンを吹いたが、母親がアルトサックスを買ってくれたので、一生懸命に始めたのが15才の時そして早くから仕事を始めた。ジェイ・マクシャンが1937年カンザス市へ来た時其のバンドで働き、其の他ローレンス・キイス、ハーラン・レオナードの楽団にもいた事がある。39年ニューヨークへ来たが定まった仕事はなく、翌年また東部へ来てジェイ・マクシャンとサヴォイヘ出た。このバンドで始めてレコードへ吹き込んだ(デッカ) 。 42年には当時ガレスピー、シャドウ・ウィルソン、エクスタイン等の居たアール・ハインズのバンドでテナーを吹いていたがレコードは無い。また僅かの間クーティー・ウィリアムズとアンデイ・カークの楽団に居り、44年には最初のビリー・エクスタインのバンドへ入った。その後45年にはベン・ウェブスターやガレスピー等と52番街あたりに居り、又マイルス・ディビスを加えて西海岸へ行き、ガレスピーが帰った後も残っていたがうまく行かず、全く神経衰弱になってしまってカリフォルニアのカマリロ州立病院に7ヶ月入院し、昨年回復してニューヨークへ戻って来たのである。身体の弱いのは小さい時から芸人仲間にいたので余りに早く夜の生活の味を覚えたからであろう。彼の遊蕩は12の時から始まり15の頃はいよいよひどくなった.そしてとうとう体をこわし、不景気が11年も続いた。どうして過ごして来たかわからない位だ。何時も金が無く、着るものも買えず、ちゃんとした所にも住めなかった。とうとう去年西海岸で住む所もなくなり、誰かがガレージを直した所を探して入れてくれた。精神の疲労は益々ひどくなった。中でも一番の原因は、西海岸では誰もこういう音楽士を理解してくれなかったからだ。ニューヨークをどんなに恋しく思った事だろう。この不調は或る晩レコード吹込みの後クライマックスに達し彼は全く意識を失い数日間は何も覚えていなかった。ダイアルレコードの人の親切な助けで役所は彼をカマリロの病院へ送り彼の心と体はやっと回復した。そして退院できるようになって最初に考えた事はニューヨークへ行く事であった。
 現在彼は昔知らなかった熱心と野心とを持っている。彼は他から何も影響を受けない時に一番よく演奏できると言っている。多くの人が、誰々はすごい、こんな事をやる、だから自分も彼の様にやれば有名になるだろう、と言うのは間違っていると思っている。そしてまた大バンドの演奏には限界があり、コムボならもっと色々な事が出来るといっている。ドピッシーとストラヴィンスキーが彼のごひいきだが、ショスタコヴィッチも好きだ。ジャズでは、現在ビボップと呼ばれる様になったこの音楽の一部分をなすハーモニーの変化を始めた人としてセロニアス・モンクを尊敬している。そして又ビボップと言う言葉が嫌いで、音楽と呼ぶべきだと言う。永い間あんまりジャズを聞いて慣れてしまったので、何か変わったものを欲しいと言うので新しい考えが起こって来たのだ。そうしたら人々はそれをビボップと呼んで、ぶちこわそうとしている。この音楽もすっかり受け入れられれば人々はジャズが昔あった位置と同様に記憶するだろう。それはただスタイルの違いだ。私は誰か一人がこれを発明したなどとは思わない。私自身もニューヨークへ来るずっと前から同じスタイルでやっており、意識して変えた事はない。現在27才彼は自分に大きな機会が来ている事を感じており、一生懸命よい音楽をやろうとしている。
 レコードは45年ガレスピーと共に吹き込んだものに、GROOVIN’HIGH、SAULT PEANUT、HOT HOUSE、SHOW NUFF (GUILD)等があり、自分のグループではダイアルに二度吹き込んだ。其の一つはエロール・ガーナーとのトリオである。尚彼はBIRDと言うあだ名で親しまれ、それからとった変わった曲名が多い。CARVING THE BIRD, BIRD'S NEST, YARD BIRD SUIT, BIRD LORE. (ike)
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SWEDISH SCHNAPPS の入っていない "SWEDISH SCHNAPPS"
VERVE MGV-8010 THE GENIOUS OF C.PARKER Vol.8/SWEDISH SCHNAPPS


Side A 1--6, Side B 7 : CHARLIE PARKER QUINTET

Possibly 'RCA Victor Studios', 24th Street, NYC, Wednesday, August 8, 1951.

Red Rodney(tp); Charlie Parker(as); John Lewis(p); Ray Brown(b);
Kenny Clarke(ds).


Side B 1--6 : CHARLIE PARKER and his ORCHESTRA

NYC, Wednesday, January 17, 1951.

Miles Davis (tp); Charlie Parker (as); Walter Bishop Jr. (p); Teddy Kotick (b);
Max Roach (ds).
Yellow lavelBlack lavel
Side A
1C 610-4Si Si2:38---Au Privave (III) -mst.
2C 611-3 Swedish Schnapps (IV)-mst.3:13---She Rote (V) -mst.
3C 611-4 Swedish Schnapps (III)-c.t.3:10---K.C.Blues
4C 612-2 Back Home Blues (II)-mst.2:46---Star Eyes
5C 612-1 Back Home Blues (I)-c.t.2:35---In The Still Of The Night -vDLS (VII) 53/05/25
6C 613-2 Lover Man3:21---Old Folks -vDLS (IX) -mst. 53/05/25
Side B
1C 489-3 Au Privave (III)-mst. 2:38---Au Privave (II) -c.t.
2C 489-2 Au Privave (II)-c.t. 2:42---Au Privave (III) -mst.
3C 490-5 She Rote (V)-mst. 3:08---She Rote (III) -c.t.
4C 490-3 She Rote (III) -c.t. 3:05---She Rote (V) -mst.
5C 491-1 K.C.Blues 3:24---K.C.Blues
6C 492-2 Star Eyes 3:33---Star Eyes
7C 609-4 Blues For Alice2:46---Blues For Alice




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mgv8010yel.jpg   mgv8010bla.jpg




 上記の曲目左側が正規のものですが、TPマーク黒レーベルの内容は右側に表示したものです。そしてTPマーク黄色レーベルは左側正規盤です。黒レーベルのB面はマスター・テイク、オルタネート・テークの順序が違うがほぼ正規に近いが、A面にはB面の4曲に、本来入るはずのない、53/5/25のセッションから、2曲が入っている。MGMレーベルは手元にはないが、正規盤です。また、最新のディスコグラフィ”Bird Lore"では、日本盤MV-2030(1973年発売)も黒レーベルと同様に53/5/25の2曲が入っているとしているが、そうではなく正規盤である。明確ではないが、巷では黄色レーベルはDJ盤とか、テスト盤と言われていましたがどうやら違っていそうである。今少し調査の必要がありそうです。皆さまの情報をお待ちします。

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"The Jazz" Hot club bulletin 1954年2月号 Vol.7 No.2   通号No.79 より抜粋


    ★続 モダン・ジャズ レコード ベストテン ★
                宮崎 精二


 本誌の先号に、モダン・ジャズのベストレコードを選んだ所、ある方より「モダン・ジャズのベストレコードと云うからにはまずモダン・ジャズに重要な役割をしている演奏者の代表的な演奏を挙げる事は当然な事であって、その点モダン・ジャズに最も貢献しているといっても過言のないチャーリー・パーカーのレコードを挙げなかった事は納得出来ない」旨の御手紙を頂いた。私はこの意見は尤もであると思っていますが何分この頃にはチャーリー・パーカー、オスカー・ピーターソン等の作品でこれといっためぼしいレコードが無かったまでの事であって、有名演奏者の名盤が相次いで発売されている現在、その責任は充分感じています。
 又私がベスト・レコードとして選出したジョージ・シアリングの「D・ベストは一番」ベン・ウエブスターの「ユー・アー・マイ・スリル」等についてそれぞれ「ストローリング」「オールド・フォークス」の方が演奏として勝れたものでないかという意見を聞いていますが、私はこの矛盾については何も申上げたくない。何故ならレコードは人の聴き方(趣味によって)によってさまざまに判断されるという事実であります。ですから私の選定レコードは私なりに信じている。
 マーキュリーからグランツレコードの本邦発売を契機として各社から優秀なジャズレコードが出ているのでこの機会に再検討したいと思う。
 チャーリー・パーカーはビーバップの創始者として又勝れた独奏者として知られているが、ディジー・ガレスピーと競演した快演「リープ・フロッグ」(Mer)をまず挙げたい。パーカー自作になるバップ・ナンバーでパーカーとガレスピーのバトル風な激しい演奏からバディ・リッチのドラムが加わって三者入り乱れの競演を展開するが、その巧みなめまぐるしいばかりのソロの受渡しはまず最近のモダン・ジャズレコードとして出色の演奏である。チャーリー・パーカーは「ラヴァー・マン」(Mer)でも彼の面目を遺憾なく発揮して居り、彼のトーンの持つ魅力、軽快な音のジャンプは彼の円熟さを示すものであろう。
 (中略) 
 ディジー・ガレスピー 「アンソロポロジー」(Vic)
 ビル・ハリス/チャビー・ジャクソン 「クロス・カントリー」(Mer)
 スタン・ゲッツ 「ラヴァー・カムバック・ツウ・ミー」(Mer)
 バディ・デフランコ 「キャリオカ」(MGM)
 スタン・ハッセルガード 「フー・スリープス」(Cap)
 オスカー・ピーターソン 「ネイムレス」(Mer)
 メトロノーム・オールスターズ 「ノー・フィッグ」(Col)
 ウディ・ハーマン・サードハード 「ストンピン・アット・ザ・サヴォイ」(Lon)

   に寸評を示して挙げております。
  
 その他に勝れたレコードがあるがこれをいちいち挙げていたら際限のない事であろう。
 私の様なまだ若いジャズファンにはレコードを選出する資格はないかも知れないが、ベストレコードを試みた事には正直な所大変な勇気が必要であった。私の選出したベストレコードは良識ある会員諸氏にとって迷惑だった事と思うが何分未熟な私の事故は御許し願いたい。


   

GranzJP1033.jpg
GRANZ RECORD (Ja) JP-1033


GranzJP1038.jpg
GRANZ RECORD (Ja) JP-1038



ここで宮崎さんが選出している、日本発売のグランツ・レコードを紹介します。
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