MY-DISC-OVERY

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BARRY ULANOV's ALL STAR METRONOME JAZZMEN

RB, 'Station WOR', 'Mutual Studios', 'Band For Bonds,pt. 3', Saturday, November 8, 1947.

Fats Navarro (tp); Charlie Parker (as); Lennie Tristano (p); Billy Bauer (g); Tommy Potter (b);
Buddy Rich (ds); Bruce Eliot, Barry Ulanov(m.c.).

 Announcement (B. Elliott and B. Ulanov)  0:36
 Donna Lee (Back home in Indiana)    2:24


bandsforbonds01.jpg



 
 65年前の今日、1947年11月8日に録音された演奏。パーカーを含むバリー・ウラノフをリーダーとするモダーン・グループとルディ・ブレッシュがリーダーのディキシー・グループのバンド合戦が、この年の9月13日と20日に開催され、ステーションWORから放送され、投票の結果いずれもモダーン・グループが勝利を収めました。そのお礼として11月8日にモダーン・グループだけの放送が行われました。後にスポットライト盤で発売されましたが、この10インチ・アセテートLPは珍盤でした。同時に入手したのは20日の放送分から"On The Sunny Side Of The Street"と"How Deep Is The Ocean"の2枚でした。
 ホットクラブの古い会報の中に、このジャズ合戦について書かれた池上悌三氏の寄稿文がありますので紹介します。


ホットクラブ・オブ・ジャパン会報 No.4  1948年9月号 9頁 池上 悌三先生の寄稿文より
Hot Club of Japan Bulletin No.4 September 1948 Teizou Ikegami (A person of Japanese famous criticism)

ジャズの戦

 ビボップの急速な進出によって、ニューオーリンズ派とモダン派との間に、到る所で論争が起こっている。この二つのスタイルの生きた比技が昨秋米国のラジオで行われた。ニューオーリンズ派の代表、批評家ルディ・ブレッシとモダン派の代表、メトロノームの編集者バリー・ウラノフは、共に各々の主張は、商業的余地の全然ない純粋主義者で、既に充分対論されて居り、言葉ではこれ以上論議する余地がない事を感じていた。それで今やジャズファンは皆自分の音楽を援助する時が来たとばかり、この争いに興味を持ったMBSの大蔵省の国債宣伝プログラムに織り込んだ。
 第一回は30分を半分づつに分け、ニューオーリンズ派の“センセーション・ラグ”で火ぶたはきられた。出演者はブレッシのプロデュースするジス・イズ・ジャズのメンバー、ビル・デヴイットスン、エドマンド・ホール、ジミー・アーチェイ(トロ)、ラルフ・サットン(ピアノ)、ダニー・ベイカー(ギター)、ポップ・フォスターとベビー・ドッツで、続いて“セイブ・イット・プリティママ”と“ザッツ・ア・プレンティ”を演奏。代わったモダン派はウラノフの選択したビボップの代表、デイズィ・ジレスピー、チャーリー・パーカー、レニー・トリスターノ(ピアノ)、ジョン・ラポルタ(クラ)、ビリー・バウアー(ギター)、レイ・ブラウン(バス)、マックス・ローチ(ドラム)と言う一流の顔触れで、“ホット・ハウス”、“アイサレンダー・ディア”、“ファイン・アンド・ダンディ”を演奏した。次週第二回目は、真にジャズの最高潮で、今度は交互に同じ曲を演奏。曲目は“オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート”、“ハウ・ディープ・イズ・ザ・オーシャン”、と“タイガー・ラグ”。
 この放送は相当反響を呼んだやうだが、結果はどうであったらうか。聴取者から集まった投書は圧倒的にモダン派に有利であった。それでモダン派はもう一度御礼放送に出演した。今回はジレスピー、ブラウン、ローチに代わってファッツ・ナバロ(トラ)、バディ・リッチ、トミー・ポッター(バス)、アレン・イーガー(テナー)、と歌のサラ・ヴォーンが加わった。
 米国でも定期的なプログラムは未だこの様なジャズを放送しないと関係者は憤慨して居るが、我が国でこの様な素晴らしい放送が聞けるのは、何時の事であろうか。(ike)
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